ブダペスト、ベルリン、眠れぬ熱い夜たち
夏の終わり、あるいは秋の初めに、少し長めのブックツアーに出かけた。約3週間にわたって、各地の文学祭やイベントに参加し、新刊や既刊本を手にとってくださる読者の方々との読書会やサイン会、そして取材を受けるというもの。マントヴァ、ブダペスト、ミュンヘン、クーフシュタイン、チューリッヒ、ベルリン、ハンブルクの、全部で5カ国7都市。登壇はぜんぶで10箇所あり、取材は25件に及んだ。休みは一日もなく、今思いだしても、濃密で、そしてやっぱり贅沢なスケジュールだった。
海外の文学祭に参加していつも驚くのは、規模の大きさもさることながら、それを毎年、必ず開催しているということだ。国内外からものすごい数の作家を招きに招き、ひとりひとりに主催者側は担当者をつけ、渡航から滞在から、すべての段取りと準備を遂行する。それらがひとつも滞ることなく実現されていくのを目の当たりにすると、なぜこんなことが可能なのかとわたしはいつも唸ってしまう。いくつものプログラムが時刻通りに同時に行われ、作家も読者も絶え間なく移動して、セレモニーや懇親会、そして昨今はSNSとも連動していて、どんどん活発になっている。もちろん、主催者や版元の皆さん、賛同してくれる出資者や地域の方々、そして文学にかかわろうとしてくれる多くのボランティアの皆さんの尽力によるものなのだけれど、本当に奇跡をみているような気持ちになる。
今回、参加したすべてのイベントが特別だった。何に特別さを感じたのか。これは少し逆説的になるけれど、海外の文学祭に登壇したり、各国の版元の編集者たちと打ち合わせをしたりといった仕事をすることじたいが、わたしにとって、もう特別なことではなくなったんだな、とすっかり腑に落ちたことが、特別なことだったのだと思う。
たとえば、十数年以上前から海外の文学シンポジウムや文学祭に参加することはたびたびあったけれど、当時はやっぱり「日本の小説家」として招かれ「日本の小説家」としてだけ、参加をしているような感覚があった。けれど今は、ずっと一緒に仕事をしている人たちと合流して、個人として会い、互いに確認のできるビジョンを共有し、そのリレーションがずっと続いているという実感がある。だから、少し奇妙なのだけれど、遠くへ行ってきたという感じがあまりない。旅慣れているどころか、ほとんど家にいる日常だけれど、日々の当たり前の仕事の延長に今回のブックツアーを感じることができて、それはすごく嬉しいことだった。
それを特に感じたのは、ブダペストとベルリン。ブダペストでは文学祭に参加するのではなく、新刊のプロモーションのために訪れた。既刊本が多くの言語に翻訳されているとはいっても、ハンガリーの読者にとってわたしは日本語で書く海外の作家。宣伝にやってきたからといって、メディアやイベントをブッキングするのは自国であっても大変なこと。けれども毎日、朝9時から主要紙ばかり、取材をみっちり入れてくださり、そしてすべての夜に素晴らしいイベントを組んでくださったのだ。
ハンガリー語版『すべて真夜中の恋人たち』
出版記念パネルトーク後のサイン会
出版記念パネルトークの参加者
わたしはこれまでいろんな仕事をしてきた経験から(そんなのみんなそうだろうけれど)、一冊の本を店頭に置いてもらうのがどれだけすごいことなのか、そしてそれを一冊、確実に売るのがどれくらい大変なことなのか、そして一件でも取材に来ていただくことがどれだけ難しいことなのかが、骨身に染みてわかっている。わたしのハンガリーの版元のPARKのみんな、そして国際交流基金の方々が、本当に心をこめて、尽力して、わたしとわたしの作品を招いてくれたことがありありと伝わってくる滞在だった。そして、そのすべてのやりとりを成立させてくださったのは、わたしの翻訳者であるマイエル・イングリッドさん。連日連夜、休みもなく、信じられないほどの仕事をこなし、それだけでなく心優しい温かな時間を過ごさせてくださった。わたしは毎日、じつはほとんど泣きそうだった。こうした思いを伝えることは難しいけれど、でも記者の方々と素晴らしい対話ができた午後も、座席数が100人前後のスペースに立ち見も含めて300人近くの読者が来てくださり、あまりの熱気で離脱される方が出てしまうくらいに盛況だったイベントを成功させた夜も、わたしたちはみんなおなじ気持ちだったと思う(思いたい)。帰国してからしばらく時間が経つけれど、ブダペストの記憶にも、みんなにも、遠さを感じない。いつだって会いにいける、いつだって一緒に仕事をしているのだという強い気持ちで繋がっているのだと心から思える。

ブダペストで実施したサイン会での長蛇の列

ブダペスト市内の大学での交流イベント
そしてベルリン。ドイツ語圏の国々では、やはりわたしの翻訳者であるカティア・ブッソンさんと長い時間を一緒に過ごして、数えきれないほどの読者とふれあうことができた。デュモンは拙作『夏物語』をはじめとして、わたしの作品をやはり丁寧に大切に理解し読者に届けてくれる、わたしのドイツの版元だ。
ベルリンでもたくさんの取材を受け、いくつかのイベントに参加したが、メインの仕事はベルリン文学祭への登壇だった。約1,000人の読者でいっぱいになった会場は、経験したことのないような熱気に包まれて、講演後は2時間半もサインの列が終わらず、用意していただいた拙作はすべて完売になった。打ち上げにはたくさんの方々が駆けつけてくださった。デュモンのみんな、そして国際交流基金の方々のおかげで、忘れられない大きくて熱い夜になった。
ベルリン国際文学祭での登壇:朗読とインタビュー
ベルリン国際文学祭でのインタビュー 中
ベルリンで実施したサイン会
わたしの読者の多くは、ぎりぎりの気持ちをもって会いにきてくれる。本当にぎりぎりだから、泣いてしまう人がたくさんいる。それには国も言語も、ときにはジェンダーも年齢も関係がなく、どんな状況であれ生きていくということは、なにかと比較することで理解できたり受容できたりするものではなく、一度きりの生を生きている人にとってはどうしようもなく困難の多いものなのだ、みなそれを生きているのだ、ということについて思い知らされる。作家は星の数ほど存在し、一生かかっても読み尽くせない数の書物がある。でも、どういう巡りあわせか、わたしはなぜか文章を書き、それを読んでくれる/くれた、ひとりひとりの読者がいる。おなじ時代に。これってどういうことなのか。わたしはいつも、その畏れのような答えのない問いに鼓舞されて、緊張し、もっともっとよい仕事をしていきたいのだと、誰にむかってなのか、あるいは誰もいないかもしれないどこかへむかって、言うことがある。あるいは言葉にしなくても、そんな思いで眠れなくなるような夜を、ブダペストやベルリンをはじめ、今回のツアーの、すべての街で過ごした。忘れられない。2025年の9月のツアーのことは、これから何度となく特別な気持ちとともに思いだすことになるだろうし、そしてまたすぐにでも、みんなに会いたいと思っている。

ドイツ語版『黄色い家』

ドイツメディアによる取材



