-「第46回トロント国際作家祭」は、カナダの都市トロントで2025年10月29日から11月2日まで開催されました。世界各国から200名の作家が参加し、会期中、約20,000人が来場。伊坂さん原作の映画『Bullet Train』の上映会やトークイベント、サイン会が実施され、大きなにぎわいを見せました。伊坂さん、今回の渡航はいかがでしたか?
結果的には、行ってよかったなと思っています。その理由は追々話しますが、そもそも僕は旅行に行くこと自体、あまり好きじゃないんですよね。妻は旅行が好きだと思うので、申し訳ないんですけど……。妻が楽しんでいるなら僕も楽しいな、という感覚なのかもしれないですね。僕自身は家でゲームでもしている方が好き、という人間です。小説家には、興味が「宇宙に向かう人」と「昆虫に向かう人」の二つのタイプがいると聞いたことがあるんですけど、僕は明らかに後者。もともと箱庭的な世界に興じているのが性に合うんです。
サイン会などで人前に出るのも苦手で、これまで国内でもかなり少ない範囲で1,2回しかやったことがありません。サイン会は基本的に僕の小説を好きな人が集まりますから、感激されたりして、その瞬間はうれしいだろうけど、それで自分が調子に乗っちゃいそうな気がして、怖いんですよね。小説を書くのは地味で孤独な作業なので、自分は偉いんだ、というような精神状態ではなかなか書けないと思っています。あとは単純に、僕はいたって普通の人間なので、読者から、「こんなやつが書いているのか」とがっかりされそうなので。
今回、小説家デビュー25周年の節目の年に国際交流基金の方から声をかけてもらって、一生のうちの一大イベントのつもりで思い切って行ってみることにしました。これまで僕の小説はアジア圏では翻訳され、ある程度知られていましたが、英語圏では、まだこれからという状況です。僕の小説『マリアビートル』を映画化したブラット・ピット主演の『Bullet Train』の影響もあって、これから広く認知されるはずだから、と所属するエージェントからも行くことを勧められました。僕が海外に行くことに躊躇する大きな理由が、言葉の問題なんですよね。英語が得意ではないので、意思の疎通がダイレクトにでできない。通訳を介すると、自分の言葉が正しく相手に伝わっているのか不安になるのですが、国際交流基金の方たちが丁寧にアテンドしてくれるならきっと大丈夫だろう、と思いました。

「トロント国際作家祭」にて

滞在中はトークイベントに出席したほか、書店のサイン会などさまざまな場面でファンと交流した
-トロントに到着した伊坂さんは、Little Italyやトロント最大の公園High Parkを散策し、街に数店舗ある書店TYPE Booksで英訳版の自著にサインをするなど、さっそく活発に動き始めました。
トロントは本当に美しい街でした。整然とした街並みを路面電車が走り、大きな公園やスタジアムもあって、都市と自然がシームレスにつながっている。僕が住んでいる仙台市ともどこか似ていて、「仙台の上位互換」という印象、といったら仙台に怒られちゃうのかな。どっちが上位とかじゃないですね(笑)。リトルイタリーやチャイナタウンなどもあり、多文化・他民族の街ながら治安も良さそうでしたね。英語が喋れれば、きっと住んでも楽しい街なんだろうなと思いました。訪れた書店の一軒がたまたま停電中で、うす暗い中でサインをしたのも不思議な経験でした。基本的にはまだ自分の知名度は低い土地なので、初心に帰るというか、謙虚な気持ちになれたのがよかったですね。

紅葉真っただ中のトロント観光も満喫
-10月29日には、トロント大学イニス・カレッジ内のイニス・タウン・ホールで伊坂さん原作の映画『Bullet Train』の上映会が行われました。上映の冒頭、伊坂さんは「MLBワールドシリーズ開催日にもかかわらず集まってくださってありがとうございます」とあいさつ。「旅行が苦手なので、映画の撮影や試写でアメリカから招待されたものの渡航できず、今回が初めての北米訪問」「小説とは異なる部分もあるが、映画ならではの楽しさがあり、僕自身も大好きな作品」「実際の新幹線は安全で、この作品のように怖いことは起きないので、日本に来た際にはぜひ乗ってほしい」などと語りました。
10月30日は、国際交流基金トロント日本文化センターにて「Crafting Twists and Thrills: A conversation with author ISAKA Kotaro」と題したトークイベントを開催。モデレーターはモントリオール在住で伊坂さんの殺し屋シリーズの一作『777 トリプルセブン』の英訳者であるBrian Bergstromさんが務めました。
英訳をしてくれているブライアンさんとは、今回初めて直接お会いしましたが、とても優しい、チャーミングな方で嬉しかったです。ブライアンさんから作家を志した理由を聞かれ、「高校生の頃に父親からもらった美術評論『絵とは何か』という本の帯に、“人生は短い。しかも一回かぎりである。その人生を想像力に注げたら、これほど幸せな生き方はない”と書かれていたのを読み、想像力を使った仕事がしたいと思った」と答えました。影響を受けた作家について、「大江健三郎の文体に衝撃を受けた」「ジョン・アーヴィングは、ネガティブなことばかり起きるのに、ユーモアを忘れず、どこか明るさを残して終わるストーリー展開に影響を受けた」という話をしました。
また、「物語を構想する際、プロットやストーリーなどの骨格が先に浮かぶのか、登場人物が先に浮かぶのか」という質問には、「最初に“驚き”の要素を考えて、その周りを少しずつ固めていく。あらかじめ設計図は書かないし、登場人物から物語をつくることもしない」と、自分なりの創作法についても言及しました。客席からは、小説のタイトルの付け方や作中の登場人物像についての質問があって、皆さん熱心に読んでくれている印象でした。トークイベント後のサイン会では、親子で僕の本を読んでいるという人や中国語の翻訳本を持ってきてくれた人などもいましたね。

『777 トリプルセブン』の英訳を担当したブライアンさん(写真左)と共に

国際交流基金トロント日本文化センターでのトークイベント
-『Bullet Train』の上映会で伊坂さんが言及した通り、今回の渡航期間はMLBワールドシリーズの開催期間とぴったり重なっていました。しかも、トロントは終盤戦でドジャースと対戦するブルージェイズの本拠地であり、32年ぶりのワールドシリーズ出場とあって町中は熱気に包まれていたといいます。
ブルージェイズが勝ち進んでいなかったらトロントでの試合もなかったわけで、奇跡的なタイミングだなと思いました。1日オフの日があったのでエージェントのS氏とロジャース・センターで第6戦を観戦しました! もう一生の思い出です。S氏は本当にドジャースのファンなので、ドジャースのユニフォームを着ていて、ただまわりはもう99パーセントがトロント、ブルージェイズのファンでしたから、もうハラハラしちゃって、胃が痛くて。でも、結果的にはそのこともまわりの人たちは受け入れてくれた感じもあって、楽しく、とてもいい経験でした。ブーイングの嵐の中でマウンドに立つ山本由伸選手の姿には本当に胸を打たれて、「英語が喋れなくて、お店で飲み物も買えない、なんて落ち込んでいる場合じゃないな」と思ったりしました(笑)。
これもそのオフの日のことですが、オンタリオ美術館で見たヘンリー・ムーアの彫刻作品にも感銘を受けました。大きくて、柔らかい見た目の作品がずらっとあって壮観で。パウル・クレーもそうですが、「見た目は可愛くて親しみやすい雰囲気で近寄ってくるけど、実は奥が深いもの」にシンパシーを覚えるんです。自分の創作に関しても、間口が広くて子どもでもわかるけれど、実は奥にすごい世界が広がってるような作品を目指しているところがあります。そのことをトロントで、ヘンリー・ムーアの作品群に触れて再認識しました。
-伊坂さんのトロント滞在最終日の11月1日は、書店Indigo Bay-Bloorで自著の英訳本にサインをした後、今回のメインイベントであるトロント国際作家祭登壇イベント「Kotaro Isaka: Hotel Lucky Seven & Seesaw Monster」がトロント大学ビクトリア・カレッジ内のイザベル・ベイダ―・シアターで行われました。モデレーターを務めたのは、トロント出身・在住の作家Ji Hong Sayoさんです。
Jiさんから、「作家になるまでの経歴」を聞かれ、「僕のデビューしたころの日本では、基本的には、新人賞を取らなければ作家にはなれなかった。大学時代には賞を取ることが出来ず、卒業後は就職しなければと思って見つけた仕事がシステムエンジニアだった。幸いにも社長が優しくて、執筆活動との両立を応援してくれたので、仕事をしながら専業作家を目指して執筆をしていた」というような話をしました。質疑応答で、「影響を受けた作家は?」と質問されたので、大江健三郎とジョン・アーヴィングの名を挙げています。大江さんはノーベル文学賞受賞者だから海外の人も知っているだろうし、他に日本の作家を挙げても分からないかもしれないと思って、ジョン・アーヴィングを挙げました。

「トロント国際作家祭」の登壇イベント
それから、『777トリプルセブン』でホテルを舞台にした理由、主人公・七尾の人物像の着想について、『シーソーモンスター』で二つの物語を一つの作品に融合したきっかけや嫁と姑の対立を海族・山族の伝説で表現した理由など、かなり具体的な創作についての質問が出ました。客席からは、「出版社側からのリクエストと自分が創作したいものとのバランスの取り方」について質問があり、「何も制限が無いと延々とアイデアが出てくるし、書きたいものはたくさんある。ある程度、出版社側からテーマやお題をもらって書いた方が、その世界観の中で集中してストーリーを作ることができるので、むしろ助かっているし書きやすい」と答えました。
また、「これまで順調にキャリアを築いてきた印象を受けるが、筆が進まなかった経験はなかったのか」という質問もありました。「簡単な道のりのように思えるかもしれないが、実際のところそうでもなく、常に不安を抱えている。一つの作品で上手くいかなかったと思うことがあれば、次の作品で改善するよう心掛けている」というような話をしました。あと、「今回の渡航を経て、今後トロントを舞台に作品を書くことはあるか」という質問もありましたね。これに対しては、「書いてみるのもいいかもしれないけど、僕の小説は怖い話が多いので、怖いことが起こる舞台としてトロントを描くと地元の方々に怒られないか心配」と答えました。
このイベントは、僕のことをまだよく知らない人もたくさんいるようなアウェイな環境でしたが、とても前のめりに話を聞いてくれて、一つひとつの答えに笑ってくれてホッとしました。国際的な作家祭に参加するのは初めてでしたが、本当に文学が好きな人たちが自発的に集まっているイベントなんだなと実感しましたね。
-トロント滞在の最終日、イベントも終わろうとしている中、奇跡的というしかない出来事が伊坂さんの身に起こりました。それは、トークイベントを終え、サイン会を行っている時のこと……。
ありがたいことにトークイベント後のサイン会にも大勢の人が並んでくれました。で、途中で前に立った女性が、通訳の方に何か喋ったんですよね。そうしたら通訳の方がこう言うんです。「この方、ジョン・アーヴィングの奥様だそうです」 え? ってはじめは状況が理解できなくて、本当に驚きました。奥様いわく「(トークイベントで)夫の名前が出て驚いたわ」と。一緒に写真も撮らせてもらい、後日写真をメールで送ったところ、社交辞令だとは思うんですが、「ジョンもよろこんでいました」と奥様から返事がきました。
アーヴィングの小説は大学生の頃に読んで、「こういう小説もあり得るのか」と思って大きな影響を受けました。『ホテル・ニューハンプシャー』に“Keep passing the open windows. That means on living(開いた窓は見過ごせ。それが生き続けることの意味)”という言葉が出てきますけど、「それでも船は行く」というか、「どれだけ不幸な出来事があったとしても、それでも生きてくしかないよ」という意味だと受け止めているんですよね。それで、そういうところから「深刻なことほど陽気に語るべきだよ」という僕のスタンスができていった気がしています。僕の書く小説はアーヴィング作品と似ているものではないので、そこが少し申し訳なかったんですが、ただ、アーヴィング作品の影響を受けながらも、エンターテインメントとして殺し屋の話を書くというのが、むしろ自分の個性でもあるんじゃないかな、と思ったり、ジョン・アーヴィングの二番煎じみたいなものを書いていたほうががっかりされていたかも、と自分に言い聞かせています(笑)。

Indigo Bay-BloorとTYPE Booksの書店でサインする伊坂さん
作家生活25周年の年に、こんな奇跡的な出来事が起こるとは、トロントに行く前には想像もしていませんでした。この節目の年に、これから作家を続けていく上で何か大きなものをいただいたような気がしています。現地の読者の方とも交流し、いろんな感想や意見を聞く中で、日本の読者とも直接会って感謝の気持ちを伝えるイベントを開くべきでは、という気持ちにもなりましたね。いや、旅行や海外が苦手な僕には、体力的にもメンタル的にもつらかったですけど(笑)、ただ、つくづく、思い切って行ってよかったなと痛感しています!



