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#エッセイ#ジャカルタ日本文化センター

文化がつなぐ、尊重の絆
辻村深月

ミステリーから、青春小説、家族小説、ファンタジーまで、幅広い小説で活躍する辻村深月さん。なかでも、2018年に本屋大賞を受賞した『かがみの孤城』は世界各地で多くの言語に翻訳され、海外でも高く評価されています。

そのインドネシア語版 Kastel Terpencil di Dalam Cermin は2022年に出版され、沢山の人に読まれています。2025年には、インドネシアの中学生・高校生を対象に、インスタグラムを使った同書のブックレビューコンテストが実施されました。

 

ブックレビューコンテストの投稿はこちらでご覧いただけます。

(インスタグラムへのログインが必要です)

 

2026年2月、辻村さんはインドネシアを訪れ、ジャカルタでのコンテストの表彰式に参加し、ロンボクでは日本語パートナーズとともに日本語を学ぶ生徒たちと交流、さらに現地読者向けのトークイベントにも登壇しました。

今回のインドネシア訪問について、辻村さんにご寄稿いただきました。

本エッセイの英訳は、英語版『ツナグ』シリーズ2作の翻訳者、手嶋優紀さんによるものです。(英訳は8月頃公開予定)

 

インドネシアでの交流事業についてはこちらから。

辻村深月さんの画像

文化がつなぐ、尊重の絆

国際交流基金ジャカルタ日本文化センターから、「インドネシアに来ませんか?」とお誘いを受けたのは、一年ほど前のことだった。

 

きっかけは、現地で国際交流基金が行うブックレビューコンテストの課題図書に、私の小説『かがみの孤城』が選ばれたことだった。インドネシアの多くの中学、高校の生徒が私の本を読んでくれる機会になると聞いて胸が高鳴ったが、同時に、実を言えば少し不安もあった。『かがみの孤城』は、日本の学校に通う中学生たちが主人公。彼らを取り巻く家庭環境や学校制度は当然日本に特有のものも多く、文化の異なるインドネシアの読者に受け入れてもらえるか心配だったのだ。2月に行われるというジャカルタでの贈呈式には私も出席することにしたが、果たして──。

そう思っていた出発前、私のもとにSNSに投稿されたみんなのブックレビューが届き始めた。今回のコンテストはSNSのインスタグラムに投稿する形。現地の担当職員、三宅さんから、「ぜひ、「 #kombalasjf2025」で検索してみてください」と言われ、最初は軽い気持ちで開いた。投稿はインドネシア語で書かれているものだし、自分にはきっと読めないのだろうな……と。

 

しかし、広がった画面を見て「わあ!」と声が出た。小説を象徴するキャラクター、オオカミのお面をつけたドレス姿の女の子や、日本の制服を着た主人公のイラストがたくさん並んでいる。他にもお城や鏡、時計といった小説のモチーフがちりばめられ、みんながまぎれもなく私の本の世界観を共有してくれたことが伝わってくる。ブックレビューの形も自由で、動画であらすじを生き生きと語ってくれるものや、友達同士で感想を語り合う様子を撮影したものなど、見ていてどれも楽しく、インドネシアに行くのが俄然楽しみになってくる。

 

2種類のインドネシア語版『かがみの孤城』

私がジャカルタに降り立った2月6日はイスラム教徒の皆さんにとっての重大な期間であるラマダンが始まる二週間ほど前。インドネシアはイスラム教徒が人口の8割から9割を占めるムスリム大国だ。ラマダンは日の出前(朝五時前頃)から日没(午後六時過ぎ頃)までの間、水や食料を取らない断食期間。食べられない人たちの気持ちに思いを馳せるために行われる行事だと教えてもらったが、30日もの長い期間、日中は水も飲まないと聞いてとても驚いた。その直前であるこの時期は、皆さんの信仰心がとても強まっているということだった。

 

今回、コンテストに参加してくれた学校は570校以上。その運営をしてくれたインドネシア人のスタッフの方たちを贈呈式の際に紹介してもらう。女性スタッフのフィルギさんにはその後の学校や書店を訪問する旅にもご一緒していただけることに。

それともうお一人、贈呈式やその後のイベントに通訳として随行してくださるアンドリーさんにもここで初めてお会いできた。数年前から、インドネシアに日本の小説をとても熱心に読み込み、たくさんの本を翻訳・出版している編集者がいる、と聞いて、ずっとお会いしたく思っていたのだ。そのアンドリーさんの出版社であるHaru社からは私も『朝が来る』という小説をインドネシア語で出版してもらっている。

贈呈式では、入賞者をはじめ多くの読者にサインをし、話ができた。インドネシアでは『かがみの孤城』の装幀が二種類ある。最初に出版されていた“オオカミさま”と主人公こころが向き合う通常バージョンと、作中のお城をメインに据えた特装版だ。特装版の方は、今回私が来るのに合わせて出版社が作ってくれた特別バージョン。さらに、日本で刊行されている児童文庫版もこの機会に多く輸入され、書店の店頭に置かれていた。児童文庫はすべての漢字にふりがながついているので、日本語の学習者が多いインドネシアでは読むのにちょうどよいのだそうだ。

 

読者の皆さんにサインをしながら「子ども時代の自分の心が救われた気がします」「こんなお城みたいな場所が本当にあったらいいのに」という声をもらい、それが日本の読者からもらう感想とまったく違わない言葉であることに感激した。

 

『かがみの孤城』を書いた時、一番願っていたことは、本を開いている間は、読者もこの城の一員になって、そこで主人公たちと友達になってほしい、ということだった。作中に出てくる彼女たちが、部屋の鏡を入口にお城に出かけていくように、遠く離れたインドネシアの読者の皆さんもまた、本を開いて城を訪れ、主人公たちと時を過ごしてくれていたのだと、大きな幸せを感じた。受け取った手紙のひとつに、ムスリムの女性が頭につけるヒジャブ姿の少女が主人公と笑い合うイラストがあって、胸がいっぱいになった。

 

イベント時の画像

ジャカルタでのイベント

 

贈呈式の翌日は、ジャカルタを離れ、飛行機で二時間ほどの場所にあるロンボク島へ。ホテルに着いてすぐ、「お部屋でお祈りをしてから行きます」といったん別れたフィルギさんと合流し、ホテル内の海辺のカフェでお茶をする。

 

ムスリムのお祈りは、その時間が旅や飛行機での移動などと重なった場合は、あとでこうやってするのだとフィルギさんに教えてもらう。ラマダンの断食についても同様で、30日に及ぶ期間でやむを得ずできなかった日の分を代わりに別の期間に行ったりもする。それを聞き、信仰とは自分の意思でするものなのだと感じ入る。他の誰かに見られるからやるのではなく、自分の心でその方法を自然な形で選び取るものなのだと。

 

ロンボク島は海がきれいなリゾート地としても知られた場所だ。視界いっぱいに広がる青い海を眺めながら、コーヒーを、インドネシアでは伝統的な飲み方であるコピ・トゥブルックでいただく。フィルターで抽出するのではなく、極細挽きしたコーヒー豆の粉に直接お湯を注ぎ、粉が沈殿するのを待って飲むスタイルのこの飲み方がとても気軽でかつおいしく、すっかり大好きになった。

 

ロンボクでは、ブックレビューコンテストに参加してくれた高校を訪問できると聞き、とても楽しみにしていた。私が訪れたマタラム第4国立専門高等学校は旅行サービス科やホテル科、調理科、美容科、服飾デザイン科を有する観光事業の専門高等学校。日本語の授業にも力を入れていて、「ようこそ!」「こんにちは」と生徒の皆さんが挨拶してくれる。日本語の授業に参加し、自己紹介する時、ふと、「そうだ!」と思いついて、こう挨拶した。

 

「私は日本で『ドラえもん』の映画の脚本を書いたことがあります」

 

すると──翻訳してもらう前に、「ドラえもん」の言葉に教室内がまずざわめいた。「すごい」「すごい」という言葉が日本語そのままにあちこちから上がる。その途端──、ああ、本当にすごい!と心の底から感動した。遠く離れた場所に住み、年代も違う私たちだけど、私たちには出会う前から「共通の友達」がいるんだ、と深く実感したからだ。私たちはおそらく、実在の友達以上にドラえもんのことを知っている。好きな食べ物がどら焼きで、のび太くんの家の押し入れで寝ていて、ネズミが大嫌いで……というように。これが、「文化」のすごさか、と震えるような喜びがこみあげる。

 

調理科の生徒さんが授業で作ったというお菓子をお土産にいただき、服飾デザイン科の生徒さんが作ったお洋服も学校に併設されたブティックで購入。学校を後にして、地元のスーパーに行くと、アンドリーさんが「このフルーツ、知っていますか?」と蛇の鱗のようにしか見えない、「サラック」という果物を買ってくれた。別名「スネークフルーツ」と呼ばれ、堅そうなのに気軽に手で剥ける。おいしくて、車の中でみんなで食べる。「あれは何?」「これは?」と窓の外を指差す私に、同行してくれた皆さんがあれこれ説明してくださり、時間があっという間に過ぎる。

 

スネークフルーツとアンドリーさんの画像

スネークフルーツとアンドリーさん

 

ロンボクの書店イベントを、地元の文芸サークルの皆さんが手伝ってくださった。聞けば、インドネシアでは共通の趣味や興味で結びついたメンバーで構成されたこうしたサークルがたくさんあるそうで、イベントで司会を務めてくださったドウィさんは文芸サークルの他に素潜りのサークルでも活動しているそうだ。

 

文芸サークルのメンバーは、大学生もいれば新聞記者や学校の先生など、職業や年齢もさまざま。創作活動も盛んで、皆、それぞれ詩や小説などを書いているそう。彼らが作った本を見せてもらいながら、読むほうだけではなく書く活動も盛んだなんてすばらしい!と感動していると、一人の男性メンバーから「日本の漫画もたくさん読むよ。辻村さんは何が好き?」と尋ねられる。いくつかの作品名を答える中で、『進撃の巨人』の名前が出ると、彼の顔が綻び、「おやすみなさい、エレン」とアニメそのままの日本語が飛び出した。

 

驚いたのが彼の発音がとても自然だったこと。実を言えば、サイン会や授業見学や、あちこちで皆さんの日本語の発音がとてもよいことにひそかに感動していたのだが、それも、日本のアニメを観ていることが影響しているそうだ。

 

「『進撃の巨人』はもうシリーズ通して3回くらい観ている」と聞き、「長期シリーズなのに!」と驚嘆していると、彼が笑いながら「ラマダンの期間に毎回観るんだ」と教えてくれた。

もともとラマダンは空腹で苦しいだけの期間ではなく、日没後には親しい人たちと食事をして過ごすなど、苦しみと楽しみの両方を味わう期間でもあるそうで、早朝に起床したり仕事を早く上がったりと自分の時間も取りやすいそう。

 

「今年もそろそろ観られると思うと、すごく楽しみなんだ」

そう言って笑う彼の顔を見て、ああ──と深く感銘を受けた。彼の話に、自分のこれまでのさまざまな読書体験が共鳴する。

 

インドネシアに来て、文化のすごさをあらゆる場面で実感してきたけど──ああ、それってこういうことか、と思い知る。おもしろい物語は、国や環境を超えてその土地の日常になり、触れた人の一部になるのだ。

翌日は、朝の散歩でホテル近くの海辺にあるウミガメ保護センターまで行った。生まれたばかりで海に出ると、小さな赤ちゃんはあっという間に自然の厳しさに飲み込まれてしまうので、ここで成長させてから海に放すのだそうだ。水槽で泳ぐ小さなウミガメたちを眺めながら、ふと顔を上げると、海の向こうにうっすらとバリ島が見えた。インドネシアが、島々が連なる国なのだということがよくわかる景色だった。

ウミガメの子たちの画像

ウミガメの子たち

ロンボクからバリ島を望む画像

ロンボクからのバリ島

 

かつて、インドネシアには二十年ほど前に一度だけ、バリ島に休暇の観光旅行で来たことがあった。のんびりと海で泳いだその旅はもちろんとても楽しかったけれど、今回の旅は、その時より何十倍も何百倍も濃い。それはおそらく、今回、国際交流基金の皆さんや、自分の本を通じて読者になってくれた人たちが、私の「通訳」になってくれたからだ。それは言葉だけでなく、文化の通訳。私の目に見えるもの、触れるものを、互いの文化の違いがあるそのうえで、それぞれの文化の感覚に置き換えて「翻訳」してくれた。

 

旅に同行してくれたフィルギさんがお祈りのために席を外すのを、私はもう、その頃には異国の文化とは思わなくなっていた。それはフィルギさんの信仰の形であり、私の友人の大事な生活習慣だ。波の音を聞きながら、これまでずっと知っているはずだった「尊重」という熟語が頭に浮かぶ。互いを「尊重する」というのはおそらく、この感覚から生まれた言葉だ。この旅の中で、私と私の本もまた、多様性を大事にするインドネシアの多くの人たちに尊重されているのをずっと感じてきた。

 

今回、彼らに「通訳」してもらったこの感覚を、私もまた、別の誰かに、彼らからもらった通りに「翻訳」して伝えたい。文章を書き伝える仕事である作家としてこの地に招かれたことの意味と、作家という職業そのものが帯びた、大袈裟にいうと使命のようなものをインドネシア・ロンボクの太陽の下、全身で思った。

 

インドネシアに行かせてもらって、本当によかった。

 

辻村深月さんとグラメディア出版社の皆さんの画像

インドネシアの出版社・グラメディアの皆さんと

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