新人作家は夢を見る
2005年、『さくら』という小説を出版した。私の長編デビュー作で、当時、東京でアルバイトをしていた私が「新人作家」、つまり「作家」と名乗るきっかけをくれた本だった。自分の本が、書店に並んでいるのを見たときのことは、今でも鮮明に覚えている。本当に夢を見ているようだった。
その本が、20年以上の時を経て、素晴らしい翻訳者によって英訳され、素晴らしい出版社から「デビュー」を果たすことになった。それだけではなく、ボストン、ニューヨーク、ワシントン、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ポートランド、シアトル、バンクーバーの計8都市を回る大規模なツアーを組んでもらった。
翻訳者のAllison Markin Powellとは、10年以上前に出会った。英訳が夢だった私にとって、彼女との出会いは幸運以外の何ものでもなく、だが出版までの道のりは長かった。
Allisonの並々ならぬ尽力、そしてEmilyという信頼できるエージェントや、Alexaという素晴らしい編集者との出会い、何よりたくさんの日本人作家たちが翻訳の道を開いてきてくれたこともあって、とうとう叶った夢だったのだ。
もちろん、10数年の間に私は変わり、そして世界も大きく変わった。正直、昨今のアメリカを見ていると、渡米することに恐れはあったし、『さくら』という作品が20年以上前に書かれたものである、という気恥ずかしさもあった(私はそれをみんなに、「20年以上前に書いた日記を読まれる感覚」と説明していた)。でも、それ以上に「新人作家」として新しい読者に出会いたい、という想いが強かった。
UCLAでの“クラスビジット”
ハーバード大学
ツアーはボストンから始まった。最初のイベントは、ハーバード大学のクラスビジットだ。自分が今世でハーバード大学のクラスに参加することになるなんて思いもしなかった。しかもこの数年で、私の中のハーバードは、ただの大学ではなく、「例のハーバード」になっている。あらゆる逆境の中で、生徒たちが自分たちの授業に、やるべきことに集中している姿を見るだけで、胸が熱くなった。
大学はハーバードの他にも、UCLA、スタンフォード、UBCを回らせてもらった。さまざまな出自の、さまざまな生徒たちに会い、さまざまな会話を重ねた。もちろん、数時間の邂逅では、彼らの全てを理解することはできない。でも、私が触れた彼らの大きな一端、「学びたい」というその想いは絶対に守られるべきだと思ったし、人文学部へのバジェットが削られている、という話には胸が痛んだ。合理的なことやスピードばかりが求められる世界で、私たちには一人でページをめくる時間が必要だ。静かで遅い時間の中で、一人きりになる権利が、私たちにはある。

バンクーバーの書店 Upstart & Crowでのイベント
だから、「書店」という大好きな空間でたくさんの人たちに会えたことは、私にとって何より幸せなことだった。棚の前で世界中のあらゆる物語と対峙することができるその時間も幸せだったし、たくさんの日本人作家の本が、もはや「外国人作家が書いた本」としてではなく、単純に「素晴らしい、今読むべき本」としてそこに並んでいることにも感動した。
どの会場も、Allisonや国際交流基金の皆さんのおかげで、たくさんの人が来てくれた。「デビュー作」としては、本当に贅沢なことだ。
印象的だったのは、皆の反応(うなずいたり、笑ったり、驚きの声をあげたり)が、とてもヴィヴィッドなことだった。日本でのイベントも、皆好意的に見守ってくださるけれど、北米のお客さんは、より主体的にイベントに参加しようとしてくれているように感じた。だから、質問も途切れなかった。関西弁について、オノマトぺについて、執筆当時の日本について、今世界中で日本人作家の作品が読まれていることについて。日本語で話すと誰かが笑ってくれ、通訳してもらうと他の誰かが笑ってくれた。そのタイムラグは、バイリンガルイベントの醍醐味だと思う。

NYのギャラリー Accent Sisters

英語版『さくら』
改めて感じたのは、通訳者の凄さだ。異なる言語(特に日本語と英語は、文法がまるっきり違う)を瞬時に頭の中で変換し、適切な言葉として皆に届けてくれる通訳の方々に、本当に助けられた。特に、時々興奮して関西弁になる私のそのニュアンスも汲み取ってくださることには本当に感動した。これは、言語そのものの知識だけではなく、文化的な背景を熟知していないと不可能だ。ボストンのクリスさん、ニューヨークのマリさん、ワシントンのサナエさん、ロサンゼルスのジョーダンさんとデイヴィッドさん、サンフランシスコのロザリーさん、ポートランドのノブエさん、シアトルのカスミさん、バンクーバーのイクミさんとマイコさん、皆さんに改めてお礼を言いたい。本当にありがとうございました。
会場には日本語話者や、日本人の読者の方がたくさん来てくれた。少しの時間でも、皆さんと話す時間はとても楽しかった。海外在住邦人の苦労だけでなく、彼女たちの来し方や文化の違いへの驚き、果ては自炊メニューなど、「サイン会」という場ではなかったら、きっと話題が尽きなかっただろう。それも、日本でイベントすることとの違いだと感じた。私も、カナダに3年間だけ住んでいたことがあり、わずかでも彼女たちの気持ちが分かるつもりだ。薄切り肉やもずくや温泉が恋しい彼女たちの気持ちが。
そして、最も嬉しかった瞬間は、彼女たちがボロボロになった拙著を持ってきて、「日本から持ってきたんです」と言ってくれるときだった。
大いに電子書籍やオーディブルのお世話になってはいるけれど、私はやはり、紙の本が好きだ。私は本に触りたいし、本の匂いを嗅ぎたいし、何より、本の重さを感じたい。学生の頃、ジョン・アーヴィングの紡ぐ物語やトニ・モリスンの言葉たちの物理的な「重さ」を感じながら、学校に通ったものだった。その思い出があるからか、物語によって重さが違う、ということは、私にとって重要なことになっている。そして、重さのあるその本たちが実際に場所を取る存在だということも、強い愛着の原因の一つになっている。私の仕事場は本で溢れているけれど、それを全てまとめてデータにしてあげる、と言われても、断るだろう。本は重い。本は場所を取る。だから好きなのだ。人間が一人一人重さを持ち、当然のように場所を取るのと同じように。

彼女たちは、私の本を、その重さを、北米まで持ってきてくれた。私の本のために、場所を作ってくれた。そして新たに、『SAKURA』をそこに加えようとしてくれている。
それは、日本で『さくら』が書店に並んでいるのを見た20代の「新人作家」が感じた感動以上のものだった。私の本が、そこにある。母国ではない国の書店の棚に、誰かの家に。奇跡というには大袈裟だろうか。でも、それ以外の言葉を、今は見つけられないでいる。



