アメリカグローブ・アトランティック出版
Grove/Atlantic, Inc.
1947年設立のグローブ・プレス社と1917年設立のアトランティック・マンスリー・プレス社が1993年に合併して誕生。ニューヨークを拠点に、世界のあらゆる言語で書かれた新しい文芸小説、ノンフィクション、詩、演劇の作品を出版してきました。日本文学では大江健三郎の充実したコレクションがあるほか、三島由紀夫、ドナルド・キーン、吉本ばなな、村田沙耶香、桐野夏生などの作品を継続して手掛けています。国際交流基金は2000年に、日本の出版事情の視察及び関係者との意見交換のために海外の編集者たちを招へいした事業において、同社の出版主幹Morgan Entrekin氏を招へいしました。
国際交流基金助成実績
- 2018
- 村田沙耶香『コンビニ人間』
- 2020
- 村田沙耶香『地球星人』
- 2022
- 村田沙耶香『生命式』
ドイツのブックフェアで出会った『コンビニ人間』、米国ニューヨーカー誌のベストブックス2018の1冊に
ピーター・ブラックストック(Peter Blackstock)
出版副主幹
『コンビニ人間』(村田沙耶香著)はアメリカを含め、世界中で大変な人気となりました。作品とはどのように出会ったのですか。
弊社はスタッフが30人ほどの中堅出版社で、年間60点ほどの作品を出版しています。新しい作品や作家の動きを常に注視しており、少し変わった作品、 新しい という評判のあるような作品に関心を持っています。編集者や翻訳者、出版エージェント、ブックフェアなどから情報を得ることも多いです。ブックフェアでは毎回いろいろな発見をすることができ、そこでたくさんの人と出会うこともできています。社内には日本語の読めるスタッフや日本文学の専門家はいませんが、私自身はフランス語、ドイツ語、ロシア語の読み書きができますので、日本語からそれらの言語に訳されたものを読むことができます。また翻訳者から直接サンプル翻訳が送られてくることもあり、翻訳者からの情報で素晴らしい作品に出会うこともあります。私たちはそうした情報を非常に信頼しています。
村田沙耶香の本を手掛けたきっかけは、フランクフルトのブックフェアで出会ったドイツの編集者に話を聞いたことでした。まず、作品のアイデアに非常に興味を引かれました。また、竹森ジニー(Ginny Takemori)の翻訳を一読して、その魅力的なボイスに私も同僚もすぐに夢中になり、ぜひ我が社で手掛けようという動きになったのです。私たちが世界での英語版権を取得すると、4社から、英国およびイギリス連邦での版権を取得したいというオファーがありました。これほどの関心の高さはアメリカの著者の作品でも稀なことです。作品は、かつて成功を収めた吉本ばななの『キッチン』を彷彿とさせながらも、全く違う作品だと感じました。
ちなみに、フランクフルトのブックフェアで出会った人たちとは今でもまだつながりがあり、そのグループの中で日本文学の情報や、読者のレポートなどを共有することができています。
『コンビニ人間』について、読者からの反響はいかがでしたか。同じ著者の作品について、2冊目、3冊目の出版も手掛けていますね。
まず発売前、本の帯に短いレビューを載せる際に、10人近い書き手が立候補してくれるという非常に嬉しい驚きがありました。そして、『コンビニ人間』は2018年の発売以来10万部以上を売り上げ、加えて電子書籍版が3万5千部以上という大きな成功を収めました。ペーパーバックも非常に強く、2020年より2021年のほうがさらに売れており、いまだ勢いが止まりません。読者によって、この本は資本主義の本だとか、女性の本だとか、日本的なもの、日本文化を象徴するもの、いや、世界中の女性が共感できる内容だとか、さまざまな反応がありました。どんな素晴らしい本もそうですが、自分自身の経験を結び付けることができる非常に強い声を持った作品であり、ひとつの新しいトレンドを作った本だといえるでしょう。また英語版の成功をきっかけに、世界各国で他言語での出版が相次いでいることは、私たちにとっても大きな喜びです。
2冊目の『地球星人』は、2021年にペーパーバックが出たばかりでまだ日が浅いですが、売れ行きは好調で、すでに重版しています。前作に比べて少し暗くて難しい、バイオレントな内容も描かれており、読者にはちょっとした驚きを与えました。著者の別の一面が見られる作品として、期待通りの成果を上げています。さらに、今年は3冊目の『生命式』の出版も予定しています。
村田沙耶香の著者イベントも開かれたとお聞きしています。
2018年6月に本を出版し、その年の11月にニューヨークで3カ所と、アイオワ、カナダのトロントの5カ所で著者イベントを行いました。私はマンハッタンのジャパン・ソサエティでのイベントには参加しましたが、多忙な土曜日の午後にも関わらず、また出版から日が浅いにも関わらず、約100人もの人が集まりました。日本文学に⾧年親しんでいる方々もいれば、最近知ったばかりという方々もいて、また日系アメリカ人の方にとっても新しい作家を知るよい機会となったようです。デビューしたての作家がアメリカを訪れることはあまりないのですが、実現できてとても良かったです。コロナ禍が落ち着いて安全になったら再訪していただきたいと思っています。
コロナ禍による出版界への影響は大きいでしょうか。
はい、非常に大きな影響がありました。これまでの2年間、従来とまったく違うことをいろいろ経験してきました。しかし本に関して言えば良かった点もあります。まず読者から、もっと本を読みたいという動きが出てきて、電子書籍を含めて需要が高まりました。その流れの中で、『コンビニ人間』を含め少し前に出版された本が再び新たな読者を獲得するという動きもあります。また「bookshop org(※)」のように、独立した書店を支援する動きも出てきていて、これが大きな成功を収めています。この構想自体はコロナ前からあったものですが、コロナ禍の中で始められました。また、私たち出版社にとっても、いくつか戦略の変更を余儀なくされました。例えば作家を実際に招待するツアーの代わりに、デジタルマーケティングなどに注力する等、です。
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※ ローカルの独立系書店の支援を目的とする米国の新興インターネット書店。2020年1月、自身も作家であるAndy Hunter氏が、Amazonが圧倒的マーケットシェアを占める中で書店が生き残るための支援をしたいとの考えから設立した。2020年11月に英国にも支店を開設。(URL: https://bookshop.org )
今後はどんな作品や分野に関心がありますか。
今後もいろいろな作者、作家を増やしていきたいと思っています。新しい分野としては犯罪小説にも関心があります。こういう素晴らしい作品がある、というような紹介があると非常に嬉しいです。
(インタビュー収録:2022年2月24日)/敬称略
写真提供:Grove/Atlantic, Inc.