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#編集者インタビュー

インドジャダフプル大学プレス
Jadavpur University Press

コルカタにあるジャダフプル大学の出版部門として、学術書や研究論文、翻訳書、稀覯書の復刻、大学が所蔵する既刊書籍の復刊などを行っている。2011年に最初の翻訳出版として、イタリアの大学と連携してマキャベリ『君主論』とレオナルド・ダ・ヴィンチ手稿の初のベンガル語訳を刊行。同大学教員でもある翻訳者のアビジット・ムカジー氏は日本文学のベンガル語への翻訳に対する貢献により、2017年に西ベンガル・バングラ・アカデミーから賞を受けている。

WEBサイト

国際交流基金助成実績

2015
村上春樹『海辺のカフカ』(上) Kafka on the shore (part1)翻訳出版助成
2016
村上春樹『海辺のカフカ』(下) Kafka on the shore (part2)翻訳・出版助成

大学の教員とスタッフが立ち上げた、インドでは珍しい、大学出版社。ベンガル語で初めて、日本語から直接翻訳した『海辺のカフカ』(村上春樹著)を刊行。

アビジット・グプタ(Abhijit Gupta)
Director

アビジット・グプタさんの写真

貴社の設立の経緯と、翻訳出版への取り組みをを教えていただけますか。

ジャダフプル大学プレスは、2012年に設立されました。その名の通り、インドのコルカタにあるジャダフプル大学の正規の出版社です。実はインドでは、大学で出版社を持つことはあまり一般的ではないため、このような形態の出版社は珍しいと思います。

設立のきっかけとなったのは、2003年に大学内にインドで初めて編集や出版に関する専門家を育成するコースができたことです。これに伴い、大学内に出版社を作るという構想が生まれました。そして2010年ころ、当時の副学⾧が実際に声を上げ、独立した組織として出版社を立ち上げることになりました。最初のころは大学で使う教材などをここで出版する案もありましたが、私たちのような規模の小さい出版社では現実的ではありません。それよりも、学術的リサーチに主眼を置くこととしました。翻訳出版に関して、当初はさほど取り扱う予定はありませんでした。ただ次第に、多様な言語の学科を持つ人文学部を中心に、大学内で、翻訳、特に原語から直接ベンガル語に訳すことへの興味・関心が非常に高まってきたのです。実際にやってみたいという人が増えてきました。そこで、私たちも翻訳出版に目を向けるようになりました。

なお、インドにはヒンディー語を筆頭に数多くの言語が存在しますが、大学が位置する西ベンガル州の公用語はベンガル語です。

日本の作品については、工学部教授であり日本語コースの講師でもあるアビジット・ムカジー氏から、村上春樹のショートストーリーをベンガル語に訳したいという要望があったため、取り組むことにしました。とはいえ、何もかもが初めてで、どうやって翻訳をしたらよいのか、版権を取得するにはどうすればよいのかもわからず、日本の出版社やエージェントとやりとりができるようになるのにも、1年近く掛かり、学びの連続でした。ようやく円滑に連絡が取れるようになったときに、エージェントから、ショートストーリーではなく、次は小説の翻訳はどうかと提案され、『海辺のカフカ』を手掛けることになりました。

表紙の画像

表紙の画像

村上春樹『海辺のカフカ』のベンガル語版

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オフィスでのミーティング風景

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ジャダフプル大学プレスの既刊書籍の展示

ベンガル語で村上春樹さんの作品を初めて翻訳された、ということですね。

日本語からベンガル語に直接訳したのは、私たちが初めてです。

ベンガル語は、インドの西ベンガル州の公用語であり、1億6,000万人を超える人口を抱えるバングラデシュの公用語でもあります。そのため、私たちはベンガル語書籍の大きなマーケットであるバングラデシュの動向や情報を常に参考にしているのですが、実のところ、私たちが出版したときには既に『海辺のカフカ』はバングラデシュでよく知られた作品でした。バングラデシュでは、たくさんの海外文学が英語版で出版されています。村上春樹は人気がとても高いので、多くの人が英語版などで既に作品を手にしていたというわけです。

しかし、やはり英語を介さずに直接訳されたベンガル語で村上春樹を読みたいという人はたくさんいました。英語版と両方を比較して読んで楽しむ人もいるようです。このため、ベンガル語版の『海辺のカフカ』は、バングラデシュでもよく売れました。

『海辺のカフカ』について、読者からの反応はいかがでしたか。

非常に大きな反響がありました。特にソーシャルメディアですね。Facebook上にもたくさんのレビューが出ています。バングラデシュの作家や翻訳者からの⾧いレビューも多く、作品に本当に真剣に向き合ってくださっていることがよくわかります。英訳を読まずに、ベンガル語訳を読んだ方が良い、という意見もありました。

翻訳する作品は、どのように決めているのでしょうか。

日本語の翻訳作品に関していうと、翻訳者から推薦されるものを取り上げることが多いです。というのも、私たちは、フランス語や英語はともかく、日本語を直接読んで、それがすごく面白いから訳したいというところまでは、残念ながらまだ判断が難しいからです。また、私は個人的には手塚治虫の漫画などをベンガル語で読んでみたいなと思うのですが、それが皆さんの関心と一致するのか、また、それを翻訳できる人がいるのかを考えると、一筋縄ではいきません。それでも今後は、翻訳者からの推薦以外にも、読者の関心を探るなどこれまでとは違ったアプローチで、長期的な計画も交えつつ、翻訳作品の選定に積極的に関わっていこうと考えています。

日本語からベンガル語に翻訳ができる翻訳者はそう沢山はいないですよね。翻訳出版にあたって苦労されていることや課題に感じていることはありますか。

ベンガル地方は、フランス語やドイツ語を訳せる人は多いのですが、東アジア、特に韓国や日本の言語を理解して翻訳できる人は少なく、翻訳者を見つけるのは簡単なことではありません。

また、良い翻訳者を探すことと並んで、翻訳者を育てることも、課題と捉えています。そこで、村上春樹作品以外にもたくさんの翻訳に携わっていただいているアビジット・ムカジー氏に、若い翻訳者を育てる試みにも尽力していただいています。具体的には、若手翻訳者3、4人とムカジー氏とで、ショートストーリーを一緒に訳していただく取組みです。優れた翻訳者と一緒に仕事をすることによって若手が成長し、次はもう少し長めの本の翻訳を手掛けられるようになります。このような試みもあり、翻訳者も少しずつですが、増えてきました。若い翻訳者をサポートしていく体制づくりが大切だと考えています。

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シーガル書店での新刊発売イベント(2022年5月)

表紙の画像

三島由紀夫『金閣寺』のベンガル語版

翻訳:アビジット・ムカジー氏

表紙の画像

中島岳志『中村屋のボース』のベンガル語版

翻訳:渡辺一弘氏

編集や校閲作業などはいかがですか。

今のところは編集作業も社内でまかなっています。ただ、社内に日本語がきちんとできる人がいないため、翻訳者に依存している部分も多いです。もちろんできる限りのことはしますし、不明なところがあれば翻訳者と相談の上クリアにするなど、なるべく時間を掛けてきちんとした編集を行う試みはしていますが、プロセス全体は、もっと改善できると考えています。また、今後は可能であれば、日本語のできる編集者を入れたいです。

今後はどんな作品の翻訳出版に関心がありますか。

今、携わっているのは、『博士の愛した数式』(小川洋子著)、『山の音』(川端康成著)などです。今後はもっと、現代の小説、フィクションなどを手掛けていきたいと考えています。古典文学だけではなくて犯罪小説、漫画などもいいですね。どんどん増やしていきたいです。

インドでは、日本文学や日本語だけではなく、日本の生活全般や料理、食べものに関しても関心がとても高まっています。私たちが日本文学の出版に携わることによって、日本文化の普及にも貢献できることを願っています。

(インタビュー収録:2022年2月24日)

写真提供:Jadavpur University Press

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