アルバニアオンブラGVGパブリッシングハウス
OMBRA GVG Publishing House
1998年に設立されたアルバニアを代表する出版社の1つ。世界中の古典と現代作品から厳選されたタイトルを、クオリティの高い編集・デザインで刊行し、2010年には同国観光・文化・青年・スポーツ省および国立図書館による「Lumo Skëndo」賞他、多くの文化賞を受賞。日本文学では2015年の『水死』(大江健三郎著)の刊行を皮切りに、明治期から現代までの作品の翻訳出版に特に意欲的に取り組んでいます。
国際交流基金助成実績
- 2016
- 大江健三郎『水死』
- 2017
- 夏目漱石『こころ』
- 2019
- 桐野夏生『アウト』
- 2021
- 夏目漱石『吾輩は猫である』
妥協のない本作りと独自のマーケティングで、自国とバルカン諸国に日本文学の魅力をアピール
ヴァシリカ・タファ(Vasilika Tafa)
エグゼクティブ・ディレクター
日本文学の翻訳出版に力を入れているのはいつ頃からですか。
私は夫と二人で1998年にオンブラGVG出版社を立ち上げ、国内および海外の最も重要な古典と現代の作品を厳選して出版してきました。現在では私たちはアルバニアで最も著名な出版社の一つです。2015年より、アルバニアではあまり知られてこなかった日本文学の紹介について、この分野でのリーダーとなるべく、いちはやく取り組むようになりました。最初に手掛けたのがノーベル賞受賞者の大江健三郎の『水死』(大江健三郎著)です。それ以降も『こころ』(夏目漱石著)と『吾輩は猫である』(夏目漱石著)、『アウト』(桐野夏生著)といった日本のすばらしい文学の翻訳出版に携わってきました。
そもそも、なぜ日本文学に関心をもつようになったのでしょうか。
日本文学に注目した理由のひとつは、私たちのリサーチの結果、英語に翻訳された日本文学が非常に高い評価を受けていることがわかったことです。さらに、私は個人的にアジアの文化、特に日本の文化に高い関心をもっています。これまで日本が技術だけでなく文化、文芸の点においても、また社会や教育など多くの分野において非常に高度な発展を遂げてきたことに、私は非常に感銘を受けています。アルバニアでは40年間の共産主義時代の間、アジア文化の輸入はほとんどありませんでした。それが90年代以降、初めてアジアや日本の文化が多く紹介され、日本文学の重要性やすばらしさが知られるようになりました。同時に、国際的な出版プロジェクトに多く関わる中で、さまざまな国のパートナーから聞いた日本文学の評判も参考にしました。
日本文学があまり紹介されてこなかった、ということですが、作品についての情報収集はどのようにされていますか。また出版まで のプロセスについてお聞かせください。
新しい作家や作品を探すにあたっては、海外向けに翻訳された文学作品を紹介する多数のウェブサイトを参考にしています。日本語から、私たちにとってより親しみのあるヨーロッパの言語、イタリア語、英語、フランス語、ドイツ語などに翻訳された作品にどういうものがあるかを念入りに調査しています。日本文学に関しては、国際交流基金のウェブサイトで推奨されている作品ももちろんチェックします。また高校や大学に出向いて、若い人たちがどういった本に興味があるのか、どういう需要があるのかを常にリサーチしています。
情報収集して企画決定し、翻訳権、出版権という権利の問題を解決してからの最大の課題は、日本語の文献をアルバニア語に直接翻訳するプロの翻訳者がいないことです。そのため、日本語から忠実に第二言語(主に英語)に翻訳され、かつ評価の高い文献を、アルバニア語に翻訳して出版することになります。『水死』(大江健三郎著)と『取り替え子』(大江健三郎著)はこうしたプロセスを経て出版しました。
オンブラGVGは、アルバニア国内でもメッセージ性の高い出版社として知られており、翻訳だけでなく編集や装丁も深いこだわりと細心の注意をもって行っています。読者からも編集に関して優れているとの定評があります。
『吾輩は猫である』に対する読者からの反応はいかがでしたか。
『吾輩は猫である』は、これまでで最もプロモーションに力をかけた作品で、2021年に首都ティラナのブックフェアで大々的に紹介され、話題を呼びました。そもそも、作品自体がすばらしいものでなければプロモーションをするのも難しいですが、私自身、この本に非常に感銘を受け、自ら積極的にマーケティングを行いました。その結果、読者や批評家だけでなく作家や翻訳者たちからも非常に高い評価を得ることができました。さらに国内にとどまらず、アルバニア語を話す読者のために、国境を越えてマケドニアやコソボなどで本を紹介しました。またテレビやオンラインのプログラムにも多数出演して、日本文学や日本の作家を紹介しています。さまざまな文芸サークルなどでも、日本文学について話し始めたら止まらないぐらいです(笑)。さらに、『吾輩は猫である』アルバニア語版は、駐アルバニア日本大使からアルバニアの文化大臣に贈呈されました。
今後はどのような作品の翻訳出版を予定していますか。
今年は『本格小説』(水村美苗著)の翻訳出版を進めていますが、その後は近い将来に三島由紀夫の作品を手掛けていこうと考えています。現在は具体的な作品の選定にあたって、先に述べたように第二言語(英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語など)に翻訳されたもので、評価が高いものを選んでいる段階です。作品選びは厳密に行う必要があります。日本語から直接アルバニア語に翻訳できるような翻訳家が現時点ではいないので、日本語からヨーロッパの言語に訳したもので、それ自身の評価が高いものを選んでいかなければなりません。そのうえで、ベストな翻訳家を見つけてアルバニア語に訳します。ただ単にレビューが高い、賞を沢山受賞している作品は沢山あると思いますが、翻訳家の制約も考えて厳密に本を選ばなくてはなりません。
アルバニアは小さい国で、人口も読者数も他の国に比べて少ないです。マーケットが小さい場合、文学に対する情熱がないと事業を続けることは難しいです。今後は、日本の純文学、古典文学、近代文学だけではなく、個人的には日本のマンガをアルバニアの読者に紹介することに情熱的に取り組んでいきたいと考えています。
日本の文化を紹介するにあたって、特に若い世代の読者たちは日本のマンガやアニメへの興味が非常に高いため、ここを入り口として日本文学に入っていって、そこからより本格的な日本の純文学への扉を大きく開いてもらう機会になると強く思います。
アルバニア語通訳:ゲイシ・タファ (Gejsi Tafa)
(インタビュー収録:2022年1月18日)/敬称略
写真提供:OMBRAGVG Publishing House