ベトナムニャ・ナム出版
Nha Nam Publishing and Communications JSC
2005年にハノイで設立。同年、ベトナム戦争で亡くなった27歳の女性が著した『トゥイーの日記』(ダン・トゥイー・チャム著)を刊行して50万部を売り上げ、ベトナムの出版記録を塗り替える社会現象となりました。設立当初から日本を含む海外の文学の翻訳出版を手掛け、とくに村上春樹、吉本ばななの作品はほぼ網羅しています。なお、近年は出版点数の25%をベトナム語作品が占めており、文学以外に漫画や政治・経済などの図書も刊行しています。
国際交流基金助成実績
- 2012
- 村上春樹『1Q84』
- 2013
- 高橋源一郎『さようなら、ギャングたち』
- 2014
- 吉本ばなな『みずうみ』
- 2016
- 小野正嗣『九年前の祈り』
- 2017
- 吉本ばなな『海のふた』
- 2018
- 又吉直樹『火花』
- 2019
- 川端康成『眠れる美女』
- 2020
- 三島由紀夫『潮騒』
- 2021
- 三島由紀夫『金閣寺』
ベトナムの若い読者層をターゲットに多様で新しい日本文学を送り続けたい
グエン・スアン・ミン(Nguyen Xuan Minh)
ライツ・マネージャー

日本文学の翻訳出版に意欲的に取り組まれていますね。設立から今に至るまでの翻訳出版の取り組みついてお聞かせください。
ニャ・ナム社は、ベトナムの読者に世界の文学を紹介することを目的のひとつにしています。『源氏物語』など、日本文学は世界文学においても非常に重要な文学ですので、会社が設立された当初から日本文学の翻訳出版に取り組んできました。ベトナムではかつては日本の古典的な文学作品が翻訳出版されていましたが、1954年のベトナム南北分割から1975年の南北統一までの間、特に北ベトナムでは日本の作品はほとんど紹介されず、1986年の市場経済システム導入以降、日本文学の翻訳・研究が行われてからも、川端康成、三島由紀夫などの世界的に有名な作品が中心に扱われてきました。
そんな中、2005年に誕生したニャ・ナム社は、ベトナムの若い読者に向けて日本の新しい作家を紹介したいと考え、2006年に『ノルウェイの森』(村上春樹著)を出版したのです。これによって多くのベトナム人が日本文学に親しむようになりました。私自身も1985年生まれで、マンガを通してしか日本を知らず、日本文学についてあまり知りませんでしたが、『ノルウェイの森』に出会ったおかげで今働いているニャ・ナム社を知り、ニャ・ナムで働く機会を得ました。今は文学を通してベトナムの若者に日本の文化や国、日本人について知ってほしいと願っています。日本以外では、英国、米国、韓国、中国の作品を多く手掛けておりドイツやハンガリー、南米の図書も扱っています。また、15年間の出版の過程を経て、日本文学に非常に関心が高い新世代の読者がいると感じています。
日本の作品を選び、翻訳し、出版に至るまでのプロセスはどのようなものでしょうか。また翻訳出版にあたっての課題があればお聞かせください。
作品についての情報収集は、書評、ブックフェア、エージェントや翻訳者からの紹介、ネット動画やSNS、受賞作品や他国での評判など、あらゆるチャンネルを使って行います。Amazonのサイトでは英語、フランス語、中国語のレビューを常にチェックしています。評価の高いものがあれば実際に図書を取り寄せて検討します。図書を選択する基準は、①内容(一部もしくは全部を読み込んで、内容がベトナムに相応しいかを検討)、②図書の翻訳可能性(⾧さは適当か、翻訳が可能か)、③版権等の問い合わせができるかどうか、④作者・作品の情報(受賞歴、作品がどれくらい外国で翻訳されているか)の4点です。出版が決まると、版権代理店に連絡して著作権取得手続きを行います。
社内には日本語を話し、読み、翻訳できる編集者が2人いますが、翻訳者は社外に付き合いのある方が20~30人いて、本によって適任の方にサンプル翻訳を依頼し、検討して契約します。ベトナムでは英語、フランス語、中国語の翻訳者を探すのは容易ですが、日本語翻訳者は数が少なく、他に仕事を持つ人が多いため、翻訳者探しが常に課題になっています。
他の言語ですと、翻訳者からの紹介で作品を知ることもありますが、日本語の場合は翻訳者の方々が大変忙しく、翻訳者の方から作品の提案をもらうことはあまりありません。
日本の文学はベトナムでどのような層に読まれていますか。また、特に人気のある作家や作品などありましたら教えてください。
日本文学の中心的な読者は若者です。15年前には文学を研究する大学生や教授が多かったのですが、現在はより広がって、16歳から45歳までの比較的若い層が対象読者です。特に人気のある作家としては、村上春樹、吉本ばななはもちろん、東野圭吾、山田詠美、小川洋子、市川拓司、江國香織などもよく読まれます。例えば『さようなら、ギャングたち』(高橋源一郎著)のように、非常に新しい表現であるために読者がそれほど多くない作品もありますが、そうした本もベトナムの批評家や文学関係者からは高い評価を得ています。
今後の出版計画としては、『ラストレター』(岩井俊二著)、『沈黙のパレード』(東野圭吾著)、『むらさきのスカートの女』(今村夏子著)を準備中です。また、日本のマンガやアニメは人気がありますので、それらの読者層にも新しい日本文学を紹介していきたいと考えています。
作品の広報イベント等、読者と直接交流する機会にも積極的に取り組まれているとお聞きしています。
2017年に『九年前の祈り』(小野正嗣著)を出版した後に、著者をハノイの当社ライブラリに招いて読者との交流イベントを催したのですが、この時も若い読者たちが会場を埋め、熱心に著者の話を聴き、質問する姿が見られました。
その他、2014年に国際交流基金のベトナム日本文化交流センターとの協力で「日本文化週間」の期間中、日本の文学作品をテーマにした感想文コンテストと感想文を載せた小冊子の発行などを行ったこともあります。また、2021年には『騎士団⾧殺し』(村上春樹著)のカバーデザインのコンテストを行いました。
小野正嗣『九年前の祈り』の
ベトナム語版
小野正嗣『九年前の祈り』出版後の著者との対話イベントの様子
(2017年11月2日 ハノイのニャ ナムライブラリにて)
ベトナムの作家による作品も多く出版されているのでしょうか。
ニャ・ナム社では、年によって異なりますが、年におよそ250~300冊の本を出版しています。創業当初はベトナム語図書が10%、翻訳書が90%でしたが、その後徐々にベトナム語図書の割合を増やしていきました。現在では、ベトナム語図書25%、翻訳書75%となっています。今後5年ほどで、ベトナム語図書を40~50%に増やすことができるよう努力しています。近い将来のベトナムの出版の発展のため、ベトナムの作家の作品を出版する割合を増やしていきたいです。
今後、日本の作品を紹介するためには何が必要でしょうか。
希望としては、日本の出版物に関する情報提供はもちろん、翻訳者養成の支援や、日本の出版社・編集者との交流、作品翻訳のために翻訳家が日本に滞在するプログラム、出版後のブックフェアなどへの日本の作家の派遣などの支援があると良いと思います。国際交流基金の助成を示すロゴマークは、読者が本を選ぶ際に内容の質を担保するひとつの目安になっており、書店でも喜ばれますので、こうした支援も引き続き必要です。これからも、広報を含めてさまざまな工夫をしながら、より多くの読者に日本の文学を届ける機会を作っていきたいと思います。
村上春樹『1Q84』のベトナム語版
吉本ばなな『海のふた』のベトナム語版
(インタビュー収録:2022年1月18日)/敬称略
写真提供:Nha Nam Publishing and Communications JSC