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#編集者インタビュー

ブラジルエスタソン・リベルダーデ出版社
Editora Estação Liberdade Ltda

1989年にサンパウロの日本人街であるリベルダーデ地区に本社が設立されて以来、世界の古典文学、現代小説、東アジアの文学と文化、哲学、歴史、建築など幅広い分野の本を翻訳して刊行してきました。設立当初から日系ブラジル人のコミュニティや日系の作家とのつながりが深く、ブラジルの中心的な日本文学出版社に成⾧。2022年4月現在、78の日本作品のポルトガル語版を出版しています。

WEBサイト

国際交流基金助成実績

2007
川端康成『掌の小説』、夏目漱石『吾輩は猫である』
2008
夏目漱石『吾輩は猫である』
2010
加藤周一『日本文化における時間と空間』
2012
Alexandre Kishimoto『Cinema Japonês na Liberdade』
2013
井上靖『淀どの日記』
2016
小川洋子『博士の愛した数式』
2018
村田沙耶香『コンビニ人間』
2021
大江健三郎『取り替え子』

世界の出版関係者や研究者、日本の作家・出版社との⾧年のパートナーシップが最大の情報源

アンヘル・ボジャッセン(Angel Bojadsen)
エディトリアル・ディレクター

アンヘル・ボジャッセンさんの写真

日本文学の翻訳出版への取り組みについて教えてください。

リベルダーデ社は、1989年にサンパウロに設立された出版社です。最初の本社が、日本人が多く集まるリベルダーデ地区にあり、日系のコミュニティや日系の作家と多くのつながりをもっていたこと、設立者が日系の方であったことなどの理由から、設立当初から日本文学の翻訳出版に取り組んできました。以来ずっと日本との関係は深く、今ではブラジルにおいて、日本文学作品を出版する中心的な出版社となっています。

私は、1994年からこの出版社の責任者を務めています。最初は谷崎潤一郎や川端康成などの作品に関わっていましたが、2000年代以降は、川上弘美、吉本ばなな、小川洋子、村田沙耶香、大江健三郎などの作品に関わるようになりました。日本文学との出会いは私にとっては重要なことでした。現在は日本文学だけではなく韓国や中国の作品も手掛けており、アジア諸国の文学全般に関心を持っています。

表紙の画像

新聞の写真

新聞の写真

大江健三郎『取り替え子』のポルトガル語版の書評。ブラジルで最も広く読まれている新聞に掲載された。

表紙の画像

書評の画像

村田沙耶香『コンビニ人間』のポルトガル語版。書評でも取り上げられ、話題となった。

日本の図書や、作品についてはどのように情報を得ていますか。

できれば日本の出版社と直接連絡を取って情報を得るのが良い方法だと思っていますが、言葉の問題もあり、簡単ではないと感じています。現在は数社の日本の出版社と交流していますが、大きな出版社はエージェント経由が多いです。ただ、最近、比較的小規模な日本の出版社とは直接コンタクトがとれるようになってきました。直接契約を結ぶこともあります。これは、私たちが数多くの日本文学を出版してきた実績があるからだと思います。

学者や研究者、翻訳者やエージェントからの紹介も重要な情報源です。また、日本で出会った方からの情報も大変有益です。実は私が小川洋子を知ったのは、日本文学についての私の最大の助言者であるドナテラ・ナテリ教授が、日本の女性作家について話してくださったことがきっかけでした。彼女はイタリア人の大学教授で、ブラジリアに住んでいます。自分でリサーチして得られる情報もありますが、こういった直接の声も大切な情報源になっています。

翻訳出版の難しさとは何でしょうか。

ブラジルでは文学作品の翻訳家を目指す方が大変少ないです。日本語を習得された方はどちらかというとテクニカルな翻訳のほうがお金になるので、そちらに流れてしまいます。若い方々の日本文学・文化への関心は高く、当社でも若手の翻訳者を増やしていきたいと考えてはいますが、大切なのはやはり、翻訳の質です。

現在は7~8人の翻訳者と一緒に仕事をしていますが、翻訳の質をどう上げていくかを重要な課題としてとらえています。日本語からポルトガル語に訳す場合は、文法も違えば文の構成も違います。また、日本の作品をポルトガル語に翻訳するに当たっては、日本に⾧く住んだ経験があることが大きな武器になります。例えば村田沙耶香の『コンビニ人間』は非常によく売れて現在第五刷を印刷中ですが、この作品のように、日本文化、社会、現状を深く知らないと、翻訳することが難しい作品もあります。

もちろん、翻訳以外にも、出版社として仕上げ、校閲・編集作業にも力を入れており、当社はそのレベルの高さでも定評を得てきました。ここでも日本人の特性や習慣に常に気を配り、一般の読者は日本についてある程度の知識を持っているので、脚注は誇張せず、適切なものにすることを心がけ、翻訳者と一体となって良質な作品づくりに情熱を傾けています。

日本語から直接翻訳することを重視されていますね。

かつては日本語からフランス語や英語に訳されたものをポルトガル語に訳すのが主流でした。しかし今は、日本語から直接ポルトガル語に訳されています。これには、読者の変化が大きく関連しています。

一つの大きな契機は、村上春樹の作品で、日本語から直接ポルトガル語に訳す試みを行ったことでしょう。ちょうど、2006年に日本で村上春樹に関する国際シンポジウム(※)が開催された頃のことです。当時は、日本語から直接ポルトガル語に訳す動きが徐々に読者やバイヤーの方々に受け入れられ始めており、むしろ間接的にポルトガル語に訳すものを受け付けず、より原文に忠実に翻訳されたものを求める傾向になっていたのです。以降、「直接翻訳する」という翻訳の新しいスタンダードが構築されました。読者の知識レベルがそれだけ上がってきたということです。私ども出版社も、作家に関する非常に高い知識を持っています。

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※ 2006年3月に東京・神戸・札幌の3都市で開催された国際シンポジウム&ワークショップ「春樹をめぐる冒険-世界は村上文学をどう読むか」(主催:国際交流基金)

写真

2022年のサンパウロでのブックフェア。

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右は読書好きで賑わうリベルダーデ社のブース。

読者が求めるものが変わってきたということですね。⾧年日本文学の翻訳出版に取り組まれてきましたが、この20年でブラジルの読 者層に変化はありましたか。

読者層も、当初は学生や日本文学を勉強している人たちが多かったのですが、性別・年代を問わず幅広い層に広がってきました。イン ターネットでのライブイベントの参加者は25~35歳くらいの方が多かったです。サンパウロ大学で毎年11月に行われるブックフェアが あります。沢山の学生や一般市民が参加するブックフェアで、7月、8月ごろには本を買うのを控えて、ブックフェアを待ってから買 う人がいるほどです。このブックフェアでブースを出した時には、「新しい作品はないですか」「小川洋子や吉本ばななの新しい作品 はないですか」と直接聞いてくる方が沢山いました。こうしたことは他のフェアやイベントでもよくあります。作家ばかりでなく、日 本語の翻訳家の知名度も高いです。慣れ親しんできた西欧文学とは違う点が新鮮に映り、これまでフォーカスされてこなかったアジア 諸国の文学への関心が非常に高まっているのです。世界の見方が違う、文体、書き方が異なる点が関心を集めています。

今後読者層がどう変化していくのか、私たちも楽しみにしています。

(インタビュー収録:2022年2月4日)/敬称略
写真提供:Editora Estação Liberdade Ltda

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