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#トルコ翻訳者招へい2024

翻訳と文学と私とトルコ日本文学翻訳者招へいレポート#1

国際交流基金では、日・トルコ外交関係樹立100周年記念事業の一つとして、2024年11月4日から13日間、日本語からトルコ語への文芸翻訳を志す翻訳者7名を日本へ招へいしました。(2024年度トルコ日本文学翻訳者招へい事業報告)

 

プログラムの1つとして、大阪大学准教授の宮下遼先生をモデレーターに迎え、「翻訳と文学と私と」というテーマで発表を行いました。日本文学の翻訳について考えていること、自分と日本文学との出会いなど自由に発表し、互いの経験や視点を共有する貴重な場となりました。

 

レポート#1では、ヌライ・アクデミルさん、エブル・オクヤルさんの発表から一部をご紹介します。

集合写真

日本語国際センターにて宮下先生と(2024年11月)

異文化をつなぐ翻訳―日本語を翻訳することへの挑戦

ヌライ・アクデミルさん
アンカラ社会科学大学講師

日本文学の翻訳は、2000年代以前のトルコでは主に欧州の言語を介した重訳が主流でした。私は重訳が原文の意味や文化的な文脈をどのくらい保っているのか、いつも考えてきました。
例として、村上春樹著『ノルウェイの森』を挙げます。山本志郎著『翻訳の授業』(朝日新書)では、作中に登場する「兄はやはり東大の医学部を出て、そのあとを継ぐことになっていた」*¹という一文を英訳と比較し、その訳文が原文とどのように異なる解釈を導くかについて考察しています。
日本語原文は、文法構造の曖昧さから、兄が大学を「すでに出た」のか「これから出る」のか、正確には分からない表現となっています。この部分について、英語の翻訳では “his brother had also graduated from Tokyo, gone on to medical school”*²とされ、兄は医学部に通い始めた段階でまだ卒業していないことになります。一方、フランス語訳を介してトルコ語に翻訳された翻訳では、“Todai’de tıp okumuş olan ağabeyi babasının yerine geçecekti.”*³とされ、兄がすでに医学部を卒業していることになります。

このように日本語では時間的な順序や因果関係が明確に示されない場合があり、各言語の翻訳者による解釈の余地が多く残されます。日本語の文法や語彙には曖昧な部分があり文化の壁を乗り越えるために、編集者が手を加える場合もあります。原文の意味をできる限り保つことと、翻訳先の言語で理解しやすい表現にすることを両立できるのか、翻訳者として常に考えています。

 

*¹ 村上春樹 著『ノルウェイの森・上』(講談社 1987年)p.67-68
*² 村上春樹 著・Jay Rubin訳『Norwegian wood』(Vintage Books, London, 2000)p.39
*³ 村上春樹 著・Nihal Önol訳『İmkansızın Şarkısı』(Doğan Kitap, İstanbul, 2004)p.43

ヌライ・アクデミルさんの写真

日本語の表現を伝えるための試行錯誤

エブル・オクヤルさん
AIデータ&ランゲージ・サービス勤務・フリーランス翻訳者・編集者

2020年からさまざまな翻訳をする中で、日本語の曖昧な表現をトルコ語に訳すことが大きなチャレンジだと感じています。例えば、夏目漱石の『道草』に登場する植物が、一輪の花なのか、複数の草花なのか、原文には描かれていません。その先の文章にも該当する描写はありません。Google検索を活用しながら、そのセンテンスを具体的にイメージしようと試みました。

言葉遊びの翻訳もチャレンジです。綾辻行人のミステリー作品『十角館の殺人』には「上を見れば下にあり、下にあれば上にあり、母の腹を通って子の肩にあり。」*というなぞなぞが登場します。この問いの答えは漢字の「一」。漢字の見た目から答えが導かれるのですが、漢字の知識が前提となるため、トルコ語にそのまま訳すことは困難でした。日本語に含まれる「母」や「子」という漢字の見た目のイメージをうまく伝えられなかったことが残念です。日本の読者が本を読んで思い浮かべるものを、トルコの読者にもできるだけ近い形で伝えられるように翻訳することを常に心がけて工夫しています。

 

*綾辻行人 著『十角館の殺人』(講談社 1987年)p.214

エブル・オクヤルさんの写真

プロフィール

ヌライ・アクデミル(Nuray Akdemir)

アンカラ社会科学大学講師。2012年~2013年に国際交流基金日本語教師長期研修、2017年~2018年に国際交流基金日本研究フェローシップで来日。博士論文『非西欧的ディストピア―大江健三郎・多和田葉子・村上龍―』では、日本文学に描かれたディストピアについて分析。

現在は、アンカラ社会科学大学で「日本文学の翻訳」の授業を担当。川端康成、芥川龍之介、大江健三郎、多和田葉子、今村夏子などの現代日本の作家のテキストを翻訳するグループレッスンを通じて、翻訳理論と方法を教授している。

ヌライ・アクデミルさんの写真

エブル・オクヤル(Zeynep Ebru Okyar)

AI開発に関わる民間企業でプロジェクト・コーディネーターとして勤務するかたわら、フリーランス翻訳者・編集者として活躍。夏目漱石著『こころ』、太宰治著『道化の花』、芥川龍之介著『点鬼簿』『或阿呆の一生』など、数多くの日本近代文学のトルコ語翻訳を手がける。近代文学の他にも、翻訳を担当した漫画、朝霧カフカ作『文豪ストレイドックス』はトルコで人気を集め、2025年現在、14巻まで出版されている。

フェミニズムや食を主題にした日本文学に関心があり、今後、作品を翻訳してみたい作家は柚木麻子。

エブル・オクヤルさんの写真

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