翻訳と文学と私とトルコ日本文学翻訳者招へいレポート#3
国際交流基金では、日・トルコ外交関係樹立100周年記念事業の一つとして、2024年11月4日から13日間、日本語からトルコ語への文芸翻訳を志す翻訳者7名を日本へ招へいしました。(2024年度トルコ日本文学翻訳者招へい事業報告)
プログラムの1つとして、大阪大学准教授の宮下遼先生をモデレーターに迎え、「翻訳と文学と私と」というテーマで発表を行いました。日本文学の翻訳について考えていること、自分と日本文学との出会いなど自由に発表し、互いの経験や視点を共有する貴重な場となりました。
レポート#3では、ニルギュン・アイドードゥさん、ハティジェ・ハンさん、イレム・オズデルさんの発表から一部をご紹介します。

日本語国際センターにて宮下先生と(2024年11月)
トルコの日本文学翻訳事情
ニルギュン・アイドードゥさん
チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学修士課程・翻訳者・日本語教師
私はトルコにおける日本文学の翻訳事情について紹介します。1959年から2017年までにトルコ語に翻訳された日本文学は約134冊あり、当初は英語、フランス語、ドイツ語など、ヨーロッパの言語を介した重訳が主流でした。これは、重訳はコストが低く抑えられるため出版社に好まれやすく、そのためどんどん翻訳本が増えるという良い側面がある一方で、翻訳の過程で齟齬が生じることも多く、批判的な意見もありました。
しかし、2003年に夏目漱石の『坊っちゃん』がエルドリアン真理子氏によって直接日本語からトルコ語に翻訳されて以降、日本文化に関する知識を持つ翻訳者が日本語から直接、翻訳を行うようになり、翻訳の質も向上しました。2020年以降は、朝霧カフカ(原作)、春河35(作画)『文豪ストレイドッグス』アニメ版の影響もあり、トルコでは太宰治が流行しています。また、作家の死後75年で著作物等の保護期間が切れるということもおそらく後押しして、明治時代の作家の作品の翻訳も増加しています。このように今は古い時代の作品の翻訳が中心ですが、若年層を中心に日本の現代作家の作品への関心も少しずつ高まっている様子も見られます。今後、より多様な日本の文学作品がトルコ語に直訳されるようになると思います。
日本文学の魅力をトルコに伝えたい
ハティジェ・ハンさん
三五株式会社トルコ支社勤務(日本語通訳・翻訳)
自分自身が日本語の翻訳に興味を持った理由について話したいと思います。ありきたりですが、高校生の時にアニメにのめり込みました。特に「青い文学シリーズ」という日本の文学アニメが好きで、アニメをきっかけに太宰治の『人間失格』の世界観にはまりました。その後、村上春樹や夏目漱石などの作家の作品にも触れていきました。大学3年生の時に翻訳の授業を取り、日本文学を日本語で読み始めましたが、トルコ語に翻訳されたものよりも広い世界がそこにあることを知りました。
私は現在、自動車部品等を製造する日本のメーカーのトルコ支社で翻訳者・通訳として働いています。主な職務としては、会議議事録やプレゼン資料の作成、現地の日本人スタッフの日常をサポートするための通訳などです。ビジネス翻訳では、日本語の意味をそのまま伝える、自分の解釈を交えないということが重視されますが、文学の翻訳では自分で場面を想像して適切に解釈することが必要だと思います。日本文学をもっとたくさんのトルコの人に知ってもらいたいと強く思い、これからは文学の翻訳にも携わってみたいと考えています。
漫画の翻訳に初挑戦!
イレム・オズデルさん
大阪大学大学院人文学研究科 研究生
大学では様々な種類の翻訳について学んでいますが、中でも特に文芸翻訳に興味を持っています。文学には人と人、国と国をつなぐ力があり、作家が生み出すストーリーに感動を覚えます。今は英語と日本語で原文を読むことができるので、自分の世界が広がったと感じており、言語を学んできて本当に良かったと思います。
私自身が初めて翻訳したのは、甲本一作『マッシュル-MASHLE-』という漫画作品です。苦労も多かったのですが、楽しかったというのが正直な感想です。日本の漫画にはオノマトペ(擬音語・擬態語)がよく登場しますが、翻訳は難しく、トルコ語に適した表現が見つからないこともあったため、時には、自分で言葉を創造したこともありました。また、「私」「僕」「俺」などの一人称の違いによる話し方のニュアンスをどう表現するかにも苦労しました。ただ、こうした難しさがあるからこそ、翻訳という仕事にやりがいを感じています。トルコでは日本文化への関心が高まりつつあり、まだ翻訳されていない面白い作品や漫画がたくさんあります。将来は翻訳者として、読者と作品をつなぐ役割を果たせるように頑張りたいです。
プロフィール
ニルギュン・アイドードゥ(Nilgün Aydoğdu)
チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学修士課程在学中。日本語教師・フリーランス翻訳者としても活躍。2021年、同大学日本語学科を首席で卒業。2018年~2019年に、日本政府(文部科学省)外国人国費留学生として東京学芸大学へ留学。家族で日本映画を観ていた時、エンドロールに流れる日本語の文字の美しさに感動したことがきっかけで、日本語を学び始めた。特に女性の視点で描かれた作品や、人間の本質や矛盾を描いた作品に関心がある。芥川龍之介、円地文子、有吉佐和子、川上弘美、大江健三郎、太宰治、村田沙耶香、朝吹真理子など、近現代の日本の幅広い作家に興味を持っている。

ハティジェ・ハン(Hatice Han)
トルコの日本企業支社で、日本語通訳・翻訳者として勤務。2024年、チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学日本語教育コースを卒業。同大学在学中の2022年~2023年に、日本政府(文部科学省)外国人国費留学生として京都大学へ留学。アニメ『名探偵コナン』を見たことをきっかけに、日本のミステリー、推理小説などのエンタメ作品に関心を持つようになった。また、アニメ『青い文学シリーズ』をきっかけに、太宰治著『人間失格』などの日本近代文学にも興味を持っている。将来は、江戸川乱歩、綾辻行人、有栖川有栖の推理小説や、森博嗣著『すべてがFになる』、時雨沢恵一著『キノの旅』など、日本のライトノベルをトルコ語に翻訳してみたいと考えている。

イレム・オズデル(İrem Özdel)
日本政府(文部科学省)外国人国費留学生として、大阪大学大学院人文学研究科に在学中。日本語⇔トルコ語専門の翻訳家を目指し、日本文学や翻訳論について学んでいる。2024年にボアズィチ大学翻訳・通訳学部を卒業。同大学在学中の2019年~2022年に交換留学生として下関市立大学へ留学。翻訳者としての初の仕事として、ファンタジーアクション漫画、甲本一作『マッシュル』のトルコ語翻訳を担当し、2025年現在4巻まで出版されている。漫画の他に、日本の女性作家の作品の翻訳にも関心を寄せている。特に、戦時中の日本に生きた女性たちを描いた作品、中島京子著『小さいおうち』を翻訳してみたいと考えている。
